大逆転の経営

先日、「ザ・プロフィット」の作者で、米Industry Week誌にて経営の六賢人として紹介されたエイドリアン・スライウォツキー氏の講演を聴きに言った。氏は日本ではそれ程有名ではないが、六賢人の他の面子はというと、ドラッカーウェルチ、ポーター、ビルゲイツ(あと一人は分からない)というのだから、評価の高さが伺える。

さて、今回の講演の主題は「リスク」。
彼の来日は、「大逆転の経営」と訳されている“The Upside - The 7 strategies for turning big threats into growth breakthroughs" という本のプロモーションのためである。この本は、企業が常に直面するリスク、その中でも「戦略リスク」と呼ばれる種類のリスクをいかに向き合い、それをチャンスに変えていくかという本である。ビジネスとは、そもそもがリスクを取ることを通じて、そのリターンとして利益をあげていく行為であるので、今までリスクについてここまで細かく書かれた本を読んでこなかったことを素直に反省しているが、実はまだこの本読んでいない。それでも、講演の記憶が新鮮なうちにいくつか考えをまとめたい。

本書によると戦略リスクとは、「企業成長を阻害し、株主価値を破壊しかねない社外の様々な事象やトレンド」のことを言う。このリスクを定量的に分析し、向き合うことで最高のベネフィットを享受することができるというのが、この講演の趣旨である。

これについては、例を出すとさらに理解が深まるのでいくつか考えてみたい。
まず、トヨタプリウス。研究開発が始められた1990年代初頭トヨタはその市場シェア、収益において絶頂期だった。ただ、この時期にあっても有頂天にならず、自分達の地位を脅かすリスクを常に意識していた。当時のトヨタのリスクは、韓国メーカーの台頭やBIG3の復活、また環境問題等により自動車そのものが乗られなくなることをリスクとして認識していた。そこで、彼らはこのリスクをチャンスに変えるために、ハイブリットエンジンの開発に取り組むことになる。これに対して業界の雄GMは、このトヨタの取り組みに遅れること84ヵ月後にハイブリットエンジンの開発に乗り出すが既に時遅し、今ではトヨタから技術提供さえ検討している状態である。
また、この10年で金融業会を襲った最大の問題であるサブプライムについては、その対応がはっきりと明暗を分けた。業界がサブプライムのアセットにより、これだけ痛んでいる中で一社だけここで大きな利益を上げている会社がある。Goldman Sachsがそれだ。Goldmanはサブプライム関連商品の開発と組成に相当力を入れて取り組んできたが、昨年の夏頃に同社の最大のリスクは何かを検討し、それがまさに当時莫大な利益を上げていたサブプライム関連商品を自己勘定で保有していることであると考えた。そこからのトップマネージメントの判断は迅速だったと言われている。全てのサブプライム商品を手放し、一切保有することなかった。当初は、それで大きな機会損失を被ったかのように考えられていただろうが、結果的には高値で売り抜けたことになり、他社が体力を失っていく中Goldmanだけが突出した存在感を示している。

ではリスクをいかにチャンスに変えうるか。リスクをただ取るリスクテイクが求められているわけではない。

企業が持つアセットや潜在能力を十分に理解すれば、他社にとってはリスクと考えられてしまうものも、その企業にとっては許容可能なものであったりする。また、リスクをただ取るだけでなく、リスクの度合いを低める、つまり成功確率を高めるための努力をすればそれはもはやリスクはリスクではなくなる。マーケティングテストを十分に行うことや、既に自社に蓄積された比較優位を有効活用すること、既存のプラットフォームの活用など、成功確率を上げる努力と、失敗したとしてもそれを最小限に食い止める努力をすれば、企業はリスクを積極的に取っていくことができる。

我々は、過去に誰かが想像した未来を生きている。ハイブリットカー、ネットショッピング、iPodなどは過去のある時点では誰かにとってのリスクであり、それに真剣に向き合ったものが時代を作り、繁栄を遂げている。最後にエイドリアンからの宿題。
“What are 7 to 10 biggest strategic risks that can kill my business?”

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