基本理念とビジョナリーカンパニー

ジェームス・コリンズの「ビジョナリーカンパニー(Built to Last)」と「ビジョナリーカンパニー2(Good to Great)」は、今世紀に入ってからは最も多くの経営者に読まれた本だと言えるだろう。この本の話をすると長くなるのでここでは避けるが、その会社がどのような理念を持っているかを標榜するような潮流はこの本の影響によるところも多いだろう。ただ、それがそこにあるだけの基本理念では意味が無いし、それでは意味が無いですよというのが上記の2冊には詳細に書かれている。それでも、読んでからしばらくするとそんなことを忘れてしまい、「基本理念を掲げることは大切だ」ということが書かれている本のような印象になってしまっている。なぜ今我々は基本理念を掲げなければいけないのか。そして、それとどのように生きることで、本当に基本理念を実現しコリンズの言うところのビジョナリーカンパニーに近づくことができるかを考えたい。


「モノヒトカネ」から「ヒトヒトカネ」の社会へ
「モノヒトカネ」と言う言葉は、経営資源を現す言葉としてよく使われていたものであるが、最近ではその3つの要素に「知識や情報」が加わり「モノヒトカネ・チ」になっているように感じる。本来的には知識や情報は人に帰属するものであり物質的な社会から知的な社会に移行していることからも、「モノ」への価値が相対的に低くなりそれに対して「ヒト」への価値が高まくなっている。そう考えると「ヒトヒトカネ」の社会になっていると言っても言い過ぎではないだろう。それ程人的資源つまり人材が経営資源の中核と認識される時代になっている。
その人にとっての意欲の源泉とはなんだろうか?一昔前はモノが社会を主導していたので、それを実際に手に入れるための経済的な報酬が第一義的な意欲の源泉であったことは間違いない。しかしモノが社会の主役でなくなってしまった今となっては、それだけを意欲の源泉として考え、人を惹きつけようとしてもいい人材を採用し継続的に働いてもらうことはできない。ドラッカーの著書「ネクスソサエティ」の中で、金銭は重要ではあるが意欲の源泉ではなく、重要なのは第一に組織が何をしようとしており、どこへ行こうとしているかを知ること。第二に、責任を与えられ、かつ自己実現をすることであり、最も適したところに配置されること、と語っている。人材はいつでも辞められることを知っていて、働く場を変わる能力と自身を持っているから人材が企業を必要としているという観点ではなく、企業が人材を必要としていると言う観点を持たなければいけない。
経営資源の中でヒトが最も重要であることは、もはや言うまでもない。人材にとって意欲の源泉が組織の方向性であるのであれば、それを明確にし共有と参画をすることができる企業にしなければ、成長はおろか存続することもできない。


基本理念に情熱を −企業文化の重要性−
人は誰でも大きな夢の実現を夢見る。そして、打ち込む価値のあるもので、一人で成し遂げられるものは非常に少ない。つまり大きな夢は、組織の中にいて初めて達成できるものであり、今日においても人間は組織的な動物であると言える。その組織をまとめるものが大きな夢つまり基本理念であるなら、それがそこにあるだけでなく、共有されなければ意味が無い。どのように共有するかがよく議論されるが、そのキーとなるのは「情熱」だと思う。情熱は伝播するのだ。
少し話しがずれてしまうが、リッツカールトンホテルのサービスのクオリティが注目され、同時にその理念とクレドが最近非常に流行っている。リッツカールトンホテルの日本支社長である、リコ・ドゥブランク氏と話をした際に、リッツカールトンではいかにクレドを共有しているのかを聞いた。入社したときからそこに存在していたクレドを自分のものと思い、それの実現のために情熱を持ってあらゆることに取り組む。その姿勢はどこから来ているのかをたずねた。答えは、毎日のラインナップだという。毎日の就業の前にするラインナップにおいて、いかに自分達がクレドに忠実に取り組んでいるかを共有し、常に改善を目指す。それを話し合う機会がラインナップであり、そこで毎日のようにクレドについて基本理念(Principals)について話し合っているからこそ、顧客に対して、それに沿ったサービスを提供することができていると言う。
では口に出せばいいのかと言うとそうではないが、意識する機会を定期的に持つことは非常に重要だろう。情熱をもって基本理念に取り組んでいるかを確認すること。それはまるで高校球児が毎日甲子園を夢見るように、基本理念の実現を夢見ることができるような企業文化を作り出すことが、経営者の仕事の一つになってきていると思う。基本理念に基づき判断し、行動することができる人材がいれば、社内において経営者のする仕事は極端に少なくなる。小さな会社であれば自ら進んで情熱的にそれに取り組めばいいが、大きな会社においてはそうはいかない。合宿を有効的に使っている会社もあるし、カルチャーブックを作ってそれを読むことで共有しているという会社もある。そこには、皮肉な考えの入り込む余地はない。だからこそ、何かに対して情熱的に取り組むことができる人を採用する必要がある。「Good to Great」では、優秀な人を始めにバスに乗せてその後に目的地を決めればいいとあったが、その見極め方があるとすれば情熱を持って何かに取り組むことができるかどうかだと考えている。


利益と基本理念
エンロン事件に始まり、国内ではカネボウライブドアコムスンなどの問題が起こるたびに利益至上的な経営に対して非難が集まっているかのような印象を持ってしまうが、本当にそうだろうか。これらの例は、出てもいない利益を不正に計上することに対する問題もしくは、本来顧客や従業員に対して約束していたものと著しく異なるサービスを提供したり、経営を行っていたことに対する問題であって、利益を出そうとしたこと自体が問題ではない。行き過ぎた利益至上主義が本来あるべき姿を見失わせてしまったともいえるが、利益を出すこと自体が問題ではない。当たり前すぎて少し幼稚な理論になってしまっているが、HPの創設者デービッド・パッカード曰く「利益は会社経営の正しい目的ではない。全ての正しい目的を可能にするものである」としている。『利益or基本理念』ではなく、「利益and基本理念」と考えられてはじめて会社として社会に存在し続けることができるのだろう。


人間と企業の生きる意味
人生の目的は究極的には「進化」をするということだと思っている。「進化」を成長、進歩、変化という言葉に置き換えてもいいが、人間として生まれてきたからには現世においてどれだけの進化を後世に残せるかがテーマであり、それを人生の長きに渡り続けることができた人が偉人として尊敬を受けていると思う。また、これと同じことが企業にも言えるのではないだろうか。会社を経営していると、つくづく会社は「生き物」であると感じさせられる。我々人間にとって生きる意味が重要であるからこそ、企業にとっても生きる意味が重要なのだ。目標を持っているときに人は成長するように、企業も目標が無くては成長することができない。だからこそ、今基本理念が大切であり、それは紙に書かれたお題目では意味が無いのだと考える。


キャタルの基本理念
・ 英語学習において考えうる最高の方法と環境を提供する
・ 教育者として顧客にポジティブな変化をもたらす
・ 日本社会の国際化に貢献するバイリンガルを輩出する
バイリンガルの地位の向上を目指す